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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(あ)405号 決定 1974年4月09日

本店所在地

福岡市中央区天神二丁目六番四一号

株式会社平和会館

右代表者代表取締役

岩崎一郎

本籍

佐賀県伊万里市松島町二五五番地

住居

福岡市博多区中洲四丁目六番一号

会社役員

岩崎一郎

明治三七二月七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和四八年一月二九日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人山本彦助の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、同第二点は、単なる法令違反の主張であり、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

弁護人出射義夫の上告趣意第一点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、量刑不当の主張であり、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

○昭和四八年(あ)第四〇五号

被告人 株式会社 平和会館

弁護人山本彦助の上告趣意(昭和四八年三月二九日付) 外一名

第一点 原判決は最高裁判所昭和四一年一〇月二六日の郵便法違反教唆被告事件の判決(昭和三九年(あ)第二九六号)及同裁判所昭和四四年四月二日の地方公務員法違反被告事件の判決(昭和四一年(あ)第四〇一号)に違反したもので破棄をまぬがれない。

一、原審の判示

原判決は被告人会社が昭和三九年一月四日第二期確定申告をなすに際し本件第一期の不申告所得三、四五〇万円を追加申告した点につき、たといその後において申告義務者からほ脱分に関する追加申告書ないし修正申告書が提出されたとしても情状に関する資料としては格別すでに成立した犯罪の成否を左右しその可罰性を遡及して消滅せしめるものではない。そして原審証人八山博の証言によれば昭和三九年一二月中頃同人が福岡税務署法人税課係長岡田一郎に申告洩れ所得の処理方法について一般的抽象的な質問をしたところ、前期申告洩れ所得を当期雑収入として誤つた申告をしたとしても、当期所得額を減額更正し前期所得額を増額更正して加算税を徴収する取扱いをしない場合もありうるとの趣旨の回答を得た事実およびその後において被告人会社が同税理士の勧告により所論の追加申告を提出した事実が認められるけれども、大蔵事務官のした右回答は、単純不申告を前提とする抽象的論議に過ぎないことは明らかであるから、それが被告人会社の追加申告提出の動機となつたものと善解しても、本件のような確定的犯意に基く計画的犯罪行為の違法を阻却する事由となし難いことはいうまでもないと判示している。

二、追加申告の事実

被告人岩崎は無学文盲で帳簿の記入も出来ない者であるが第一期の申告当時同業者よりも多額の税金を収めなければならないと漫然考えながら八山税理士の作成した確定申告書に承認を与え第二期の申告の際、同税理士より第二期の所得から第一期所得を推論すると第一期において追加洩れがあることとなると言われてしからば追加申告をしてくれと答え八山税理士は修正申告するか追加申告をするかにつき所轄税務署係官の意見もたたき結局において本件査察前に自発的に第二期の雑収入として三、四五〇万円を追加申告したものである。

三、最高裁判決には違法性について可罰的違法性と非可罰的違法性の二種類がある旨の判示がある。

昭和四一年一〇月二六日最高裁大法廷で言渡された郵便法第七九条第一項違反の事件について勤労者の争議行為に対して刑事制裁を科することは必要已むを得ない場合に限らるべきで刑事制裁は反社会性の強いもののみを対象とすべきであるという考え方の下に右違反事件は刑事制裁を科すべきでないという判断を示し更に裁判官松田二郎補足意見でも可罰的違法性の程度に達していないものと然らざるものとを分けて後者の場合において始めて刑罰を科すべきであるという意見が述べられている。

即ち違法性について程度により二種類があることを判示している(違法性につき統一性がなくしかも可罰、非可罰の限界について具体的歯止めがなく治安攪乱を企図する者にとつては極めて好都合の判例ではあるが)要するに違法性に程度の差があつて反社会性の程度の強いものについては処罰してもよろしいが高度の社会性を欠ぐときは刑事上の処罰は出来ない旨を強調し更に昭和四四年四月二日地方公務員法第三七条六一条違反事件についての最高裁大法廷判決も同趣旨の判断を示し刑事不処罰の場合があることをよく考えるべきだということを判示している。

四、原判決の右判例違反

右判例は争議行為に関するものであつて事案を異にするものではあるが法の解釈として一般事案に適用すべき法律的見解を含んでいる判決で要するに軽微なものについては処罰に値しない違法があること判示しており二種類の違法性の存在を考えるべきであることを強調しているが原判決はかかる判例の考え方を完全に無視し簡単に犯罪ありと認定したもので原判決は前記最高裁判例の趣旨に背くものと言わなければならないこの意味において原判決は判例違反がある。

第二点 仮に判例違反が認められないとしても原判決は法令の解釈適用を誤りその誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかで破棄しなければ著しく正義に反するものがある。

被告人岩崎の前記一連の行為はこれを総合的に判断さるべきもので部分部分を区切つて判断をなすべきではなく本件の如く自発的に追加申告をしたというのであるから法人税法違反としては重みがなく極めて軽微なものと言はなければならない(自発的に追加申告をなしたことは修正申告をしたと同様である起訴状の金額は財産法による税務官の一方的見解にすぎない)かかる事案については先づ可罰、非可罰を考え、しかして後刑法第三五条を以て処置すべきに拘らずかかる処置を無視している、原判決はこの点に関し法令の解釈適用を誤つたものである。

以上の諸点を考えると原判決は破棄さるべきものと思料します。

以上

○昭和四八年(あ)第四〇五号

被告人 株式会社 平和会館

外一名

弁護人出射義夫の上告趣意(昭和四八年四月五日付)

第一点 原判決に影響を及ぼすことが明かな証拠法に関する法令の違反があり、及び審理不尽、引いて事実の誤認がある。

原判決は、第一審判決の認定した実際所得金額及びほ脱税額等を支持し「隠匿した除外金は、翌日頃田中昭世等を通じて木下隆一ほか二名の架空名義普通預金口座に預入れ、相当額に達すると一旦引出したうえ、別の前田司ほか一三名名義の架空名義定期預金に振替え預金する方法により、簿外預金を蓄積し、本件事業年度末における簿外金は、定期預金六、二〇二万八、五〇〇円、普通預金一四五万六、〇二六円および前田司名義定期預金解約利息相当額四万七、五〇〇円(未収入金)の合計六、三五三万二、〇二六円に達し」「したがつて、被告人会社の設立時である昭和三七年一一月二日以降同三八年一〇月三一日までの本件第一期事業年度における真実の所得額は、被告人会社の提出した確定申告の額に前示架空名義の定期預金、普通預金および未収入金額を加算し、原判決添付貸借対照表記載のとおり、計算して算定した八、六五三万二、一六七円である」と判示している(三枚目表六行目より裏末行まで参照)。これは原判決も説示しているように(四枚目表七行目以下)、第一審判決は本件において財産法による所得計算法を採用したことを認めた上での判断であるが、原判決は、明らかに訴訟を弁めよという裁判の根本精神を忘れ、事件を事務的に処理した稀に見る粗雑杜撰なもので、判文を読むに堪えないほどである。

すなわち、原判決は次の理由のとおり第一期事業年度の期末の財産(原判決添付の貸借対照表記載のもの)の推計が証拠法則に違反した極めて不正確な計数であり、これに基いてなした第一審判決および原判決の実際所得額およびほ脱額の認定は事実誤認におち入つている。

一、原判決事実認定の基礎である貸借対照は不正確である。

(一) 法人税のほ脱事件について有罪の判決をするには罪となるべき事実として、ほ脱行為にとどまらず所得税額をも認定判示しなければならないことは貴裁判所の判例とするところである(昭和三八年一二月一二日第一小法廷判決、刑集一七巻一二号二四六〇頁参照)。

すなわちほ脱罪の罪となべき事実としては実際所得額、法人税額、申告過少所得額および申告税額を正確に証拠に基いて認定した上で差引計算によつてほ脱税額を算定して判示することが必要なのである。

第一審判決および原判決は、被告人会社の第一期事業年度の実際所得額は八、六五三万二、一六七円、法人税額は三二四三万四、六一〇円であるとし、申告に際しては、所得金額を二四三九万七、四四一円とし法人税額を八八二万五、一九〇円として申告したので、二三六〇万九、四二〇円をほ脱したと認定し、財産計算法の基礎となる期末貸借対照表を添付した。

(二) しかし、起訴状には、資産の部において仮払金の科目には当期増減金額として三八〇〇万二七〇〇円増と記載され負債の部において仮受金科目に増減欄の記載がなく、実際所得額は一億二五九三万二〇〇〇円と記載された当初の期末貸借対照表が添付されて、昭和四六年一〇月二五日の第三二回公判期日まで検察官はこの貸借対照表が正確であると固執し、終に第三二回公判期日において訴因訂正の申立をするに到つたのである。

それによると実際所得額を八六五三万二一六七円に、法人税額を三二四三万五六一〇円にほ脱額を二三六〇万六四二〇円に訂正するという大幅な変更であり、起訴状添付の貸借対照表も仮払金の増減欄の記載金額三八〇〇万二七〇〇円を削除し仮受欄において一三九万七三〇〇円が加えられたものが提出された。

第一審判決は、この訂正された訴因と同じ認定をし、原判決も第一審判決を支持しその認定をも判示している。原判決は弁護人の控訴趣意書第一点記載の主張を要約して縷々説示しているが、期間利得の計算方法の一つである財産法が期首貸借対照表の資産と期末貸借対照表の資産の差引によつて損益を算出する方法であるため、貸借対照表の記載は正確に確定されたものでなければならないことを前提としてのみ、期間損益の算出方法として是認されていることを忘れ漫然と検察官の主張に盲従したものと言わなければならない。財産法は期間における企業の損益を動的に表示する損益計算書との相関類似の関係を省略する方法であるから、安易な推計を許しては期間損益の算出に大きな誤差を生ずるのである。

検察官の訴因変更は所得総額において約四〇〇〇万円弱、税額において約一五〇〇万円に及ぶ大訂正であり、到底計数上の訂正とは認められないのである。

(三) わが国の税法は期間的な損益計算により利得の算出によることを原則としているので、期間的損益計算によつて所得を計算し、財産法によつてこれを裏付ける方法が客観的妥当性のあるものとされている。しかし納税者の会計帳簿類の不完全な場合に財産法を主として利得計算をすることは理論的には差支えはない。ただ財産法のみによる場合には、財産法による損益が果して当該年度の事業上の収支を正確に把握してなされていなければならない。すなわち他の財産が混入されて貸借対照表が作成されていないことが合理的に立証ないし推定されるものでなければ、その貸借対照表による財産法の損益計算は、無意味なものになるのである。

簿記学の上で元入金、借入金、仮払仮受金等の科目において、事業外の財産の混入を厳に戒しめるのは、財産法による損益計算に幾多の弱点があるからである。法人税法は貸借対照表の作成についても推計計算を否定してはいないが、それは税務官の恣意的な推計を許すものではなく、確実な証拠から合理的に導き出される推計でなければならないことは勿論である。

(四) ところで検察官の前記訴因訂正は、当初の貸借対照表が審理の過程で、当初は被告人岩崎一郎が被告会社の売上げ金を持ち出した金額の申告脱漏額を三八〇〇万二七〇〇円と推計し、被告人岩崎が被告会社に個人財産を入れていた金額を公表通りとしていたのが、証拠関係で維持できなくなつたと考え、仮払金(持ち出し金)三八〇〇万二八〇〇円を削除し、仮受金(受入金)に一三九万七三〇〇円を加えた貸借対照表に訂正したのである。これは計三九四〇万円の被告人岩崎の個人財産の増加が認め難くなつたのによるのである(第三五回公判期日における福島安成の証言三三問答参照)。しかし、この貸借対照表の変更は、きわめて便宜的で合理性に欠けたものである。

すなわち当初の貸借対照表は被告人岩崎一郎が会社の財産を持ち出した金額で申告洩れのものが三八〇〇万二七〇〇円の巨額に達すると推計しながら、被告人岩崎の個人財産の増加が当初の推計より三九四〇万円少いと認めざるを得なくなると、今度は三八〇〇万二七〇〇円の仮払の申告洩れを削除し、なおそれで賄い得ない一三九万七三〇〇円を逆に被告人岩崎一郎から被告人会社に提供したものであると辻褄のみを合わせようとしたものである。持ち出したとする計算が逆に受入れたとする計算に訂正するには、具体的な証拠が必要であつて、単に貸借対照表の科目の数字を訂正するのみでは、到底いづれの貸借対照表も客観的な財産状態を表現したものとすることはできない。従つて、これを根拠とする所得および税額の計算は合理性を欠くと言わなければならない。

(五) 原判決は「本件事業年度中附近同業者がつぎつぎと相当期間にわたつて休業したため客が集中した事実および被告人会社株主に対する株式の配当率が第一期一〇割第二期二〇割第三期一五割という具合に創業草々から想像に絶する高率であつた事実など原判決挙示の証拠により認められる事実に徴するときは、被告人会社の売上額およびパチンコ台一台当り利益率が所論のように仮りに同業他法人と比較して大であつて収益力が抜群であつたとしても格別異とすべきではないから、原判決が所論の比較検討をしなかつたことに何ら責むべき点はなく、むしろ不必要と認めて差支えがない」(五枚目裏六行目以下)を説示しているが、被告会社の資本金は三〇〇万円にすぎない。その配当金は一〇割としてもその総額は三〇〇万円に過ぎない。ところが、店舗賃借の敷金のみで六五〇〇万円を要しこれは借入金で賄われているのである(第一審判決書添付の貸借対照表参照)。その他にも借入金仮受金を営業資金としているが、敷金のみを考慮に入れても資本金と併せて六八〇〇万円となり、配当金一〇割というが実質上の資本金と対比すれば三〇〇万円は四分余にすぎないのである。又他業者の休業日数は第一期に一〇九日第二期に一六七日であり第二期における休業期間が五割程度長いのである。にもかかわらず第二期の確定申告においては所得金額六一七六万五四五九円、税額二四三三万八八五〇円を申告しているので。第一期分の申告とバランスを失していることは明らかなのである。税務当局は第一期分と第二期分を併せて査察調査しながらこの点の究明をせず原判決も第一審判決の認定を支持するためにはのみ同業者との対比の必要さえないと説示するのみである。

原判決は全く事務的に処理したのみで右説示は意味さえも理解することはできない。

(六) 第一審判決および原判決は貸借対照表の資産の部の科目における当期増減額を六二〇二万八五〇〇円の増と認めて実際所得額を算出している。すなわち当該期間において「田中昭世等を通じて木下隆一ほか二名の架空普通預金口座に預入れ、相当額に達すると一旦引出したうえ、別の前田司ほか一三名名義の架空名義定期預金に振替え預金する方法により簿外預金を蓄積し本件事業年度における簿外金は定期預金六二〇二万八、五〇〇円に達し言々」と判示している。これは推計計算によつて算出したものではなく普通預金より振替えて設定した定期預金によつて算出したのであるから厳格な証拠による認定でなければならない。

ところが、福島安成外二名作成に係る「脱税額計算書説明資料」一一頁の「定期預金および利息一覧表」によると、普通預金から振替えられた定期預金は、全部ではなく、1、(振替2)5、12については三口計一一七万三〇〇〇円の現金を加えて定期預金にしているのである。また振替えられた普通預金が正確に売上除外の会社の金によつて説定されたことは必ずしも証拠上確定されておらず、定期預金振替の際に追加した現金は被告人岩崎個人の手持金であつたと認めるのが相当である。

かように考えると原判決が簿外定期預金と認めた六二〇二万八五〇〇円の正確性が崩れるのである。税務官吏および検察官は当初被告人岩崎に対する仮払金を公表、簿外計三八三六万七一二六円とし、岩崎個人よりの仮受金計四三七万〇三〇四円と計算し、岩崎が売上金中持出した金額は差引三四九九万六九二三円の巨額に達するものとする当初貸借対照表を作成したので、右追加現金は岩崎個人の現金でなく売上げ除外金であるとしたのであるが、訂正された貸借対照表によれは逆に岩崎個人は会社に対し五七六万七六〇〇四円を仮受の形で提供したと修正されたのであるから、当然定期預金につき六二〇二万八五〇〇円の増加を計上したことは誤つた認定であるとされなければならない。

(七) 脱税事実について実際所得額およびほ脱税額は罪となるべき事実の中心であつて、なろん挙証責任は検察官の側にあつて、被告人の側に否定的事実の挙証責任はない。会計帳簿類を完全に整備しなかつた点は被告人側は道義上の非を問われても、その故に杜撰な貸借対照表を作られて、恩恵的に被告人側で反対立証をするもののみを除外してやるとする態度は到底刑事訴訟法上は許さるべきものではない。本件における検察官、第一審判決および原判決は、まさに近代刑事訴訟法における採証上の初歩的原則に違反し、不正確な貸借対照表によつて財産法の利得計算を行つた違法がある。

二、財産法と損益計算法に相関類似関係がない。

(一) 原判決は、「財産法による所得の計算を行えば必要にして十分であつて、重ねて損益法による計算を併用しなければ信用性において欠けるというものではない」(五枚目二行以下)という。貸借対照表が正確であれば、損益計算書による裏付けは必要としないというのは理論的には所論のとおりであるが、貸借対照表の記載は、記載時点における静的な財産目録的なもので、事業主体以外の積極あるいは消極財産の混入する危険があるので、損益計算書による裏付がなされるのが実際に行われているところである。特に本件のように貸借対照表を大幅に訂正せざるを得ないような不確定の疑が強い場合においては、損益計算書との比較検討を欠くことは許されない。現に税務当局は、試算的にではあるが、本件について損益計算書を作成し、当初の貸借対照表の裏付けとしているのである。それは前記「脱税額計算書説明資料」一七二頁の「犯則分損益計算書」であるが、それによると収入の部として売上高一億一八三四万六八九六円受取利息四三万八九七六円計一億一八七八万五八七二円、支出の部として貸借対照表との不突合金額一七二五万一一四六円を掲記し当期利益金一億一五三万四七二六円を算出している。この不突合金額は当初の貸借対照表(右説明資料三頁)の資産合計一億一五三万四七二六円と損益計算書記載の収入金との不突合金額であるが、これを期間の経費として処理することによつて、貸借対照表と損益計算書の当期利益金の金額を合致させたにすぎないことは第一審第二一回公判期日における福島安成の証言(七三問答)によつて明らかである。脱税をする者が一七二五万円余の経費を申告の際脱漏することは絶対にあり得ない。すべからく、推計によつて算定した売上高に誤りがあることをこの時点で自覚すべきであつたのである。

原判決は、本件を財産法のみによつて事実認定をしたと説示したり、横手メモの信用性を強調し損益計算による利得の推計をも併せ考慮したかのような説示をしたりしているが後記の如く本件における貸借対照表と損益計算は支離滅裂であつて、原判決がそのいづれによつて利得計算をしたか全く知ることさえできないのである。

(二) 貸借対照表の大修正をせざるを得なくなつて、税務官吏福島安成は損益計算書について、売上金額を六一六九万五七五〇円と五六五五万一一四六円を減じたのである(第三五回公判期日における福島の証言三三問答)。当初の損益計算においては、横手メモ(押第八二号の四四)および空台帳三冊(押第八二号の九、三六、三七)を一応証拠として逆計算をしているので、(その計算は賛成できないが)、一応推計の根拠はあるわけであるが、貸借対照表の修正に伴つてなされた損益計算書の修正は単に数字を合わせたにすぎず、全く推計の根拠はないのである。これで原判決の述べているように(六枚目表二行目以下)横手メモに信憑性があると言えるであろうか。ここに到つて本件においては貸借対照表と損益計算書との関係は、全く支離滅裂となり、全面的に両者の関係は断絶してしまつたのである。これは許さるべきではない。

いうまでもなく、貸借対照表は会計期間の期首と期末における企業の資産、負債および資本の有高を静的に表示した財務表であり、損益計算書は一会計期間の始点から終点にいたるまでの期間的拡がりの中において、企業の取引活動の結果として生じた収益と費用とを把握し、これを対照表示する動的な財務表であるから、原則的には両者の期間純利益は一致すべきものである。少なくとも両者の表示する期間純利益の間には類似の相関関係がなければならない。しかるに、本件においては、その相関類似の関係が前記のごとく全く認められないのである。

原判決は、財産法によつたのであるから損益計算書と併用しなければならないものではないと判示する。しかし、税務官も検察官も試算的な損益計算書を財産法による計算の正確性の傍証として提出しているのであるから、その相関関係が支離滅裂になつた以上、貸借対照表の正確性は否定されなければ、合理的な計算ではない。原判決はこの点において証拠法則に違反したか、あるいは審理を尽していない誤りを犯し、被告人の所得額引いてはほ脱額を認定したものと言わざるを得ない。

一および二を通じ、弁護人が留意を願いたいのは、現在行われている税務当局の法人税あるいは所得税の計算は往々にして見込又は恣意に類する推計金額を納税者に提示し、納税者側において否定すべき事実を立証せしめようとする態度が見受けられるということである。そして多くの場合に若干譲歩することによつて納税者に有利に認定してやつたとして妥協しようとするのである。本件はその適例である。しかし、本件被告人は妥協しないで異議の申立をし、刑事事件としても争いを続けたため、検察官は大幅な訴因訂正をせざるを得なくなつた。第一審判決および原判決は、簿記および税務会計に無理解であつたのみならず、多くの疑問があるにも拘らず、それを究明するための審理を尽さないで、検察官の大譲歩によつて訂正された訴因を鵜呑みにしたにすぎないのである。これは挙証責任を被告人に転換する大きな誤りである。

被告人に非なしとはしないが、刑事事件の立証には証拠上認められる合理性がなければならないことを税務当局に示さなければこの弊風を改めることはできない。最高裁判所は未だ税法違反について、税額推計の合理性について明白な判例を示されていないが、本件はまさにそれがなさるべき案件であると思料する。

以上を要するに、原判決は、損益計算書との関係が支離滅裂であり、かつ、合理的推計の根拠の認められない貸借対照表を基準として財産法によつて被告会社の期間利益を算出し、それによつてほ脱税額を認定したのは、合理性のない証拠(虚無の証拠)によつて事実を認定したか、あるいは貸借対照表の正確性につき審理を尽さなかつた法令違反があり、引いては誤つて事実を認定したもので、これは無罪たるべき事案に有罪を言渡したもので明らかに判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反すると思料するのである。

第二点 原判決の量刑は判例の趣旨に反し著しく不当である。

原判決は被告会社に対し罰金八〇〇万円、被告人岩崎一郎に対し懲役八月(二年間刑執行猶予)の言渡しをした第一審判決の刑の量定は相当であると判決している。

貴裁判所大法廷は、脱税事犯につき重加算税の賦課と刑罰の科刑をなすことの合憲性について、重加算税は税法上の制裁であり、刑罰は道義的非難であるから、両者を科することは憲法第三九条に違反しないと判示されている(昭和三三年四月三〇日大法廷判決(民集一二巻六号九三八頁)。重加算税の賦課と罰金刑は実質的には二重の財産的苦痛を科すものであつて、この大法廷判決の判示には大きな疑問があるが、実際に重加算税を課しても履行しない者があることは事実であるから、ここではこの判決の趣旨は争わない。しかし、原判決従つて第一審判決の刑の量定はこの判例に反しており、不当に重いと思料する。

すなわち山本弁護人の上告趣意書に述べられているとおり、被告人岩崎一郎は第二期の確定申告をする際、八山税理士より注意を受け第一期分の脱漏利得三四五〇万円を追加申告することを決意し、その申告一切を八山税理士に一任したのである。被告人岩崎一郎は、自分の署名すらできない文盲者であるため、八山税理士が第一期申告の修正申告をしてくれたものと信じていたのである。八山税理士は税務官吏岡田一郎と相談し、実際行われている取扱慣例に従つて第二期分の確定申告書に第一期の追加申請分三四五〇円を含めて三九四三万一〇二五円を雑収入として計上し第二期分の申告期限である昭和三九年一月四日に提出したのである(八山博の第一六回公判期日における証言四〇問答以下第一七回公判期日における証言三問答四問答等)、この申告は第一期分の修正申告の期間内であつたのであるから、被告人岩崎一郎としては八山税理士によつて修正申告がなされたものと思つてたのである。

原判決は、第一期分の修正期間を徒過しているからほ脱罪が成立完成したのであるから、情状に関する資料としては格別、可罰性を遡及せしめるものではないとして説示しているが、(七枚目八行目)、原判決は、果して刑の量定の資料として考慮しているであろうか。原判決は被告人は実際所得金額を二四三九万七四四一円と申告したと認定しているが、被告人岩崎一郎はこれに加えて三四五〇万円を期間内に追加申告してくれたものと信じていたのであるから、刑事責任の面では、被告人は合計五九四三万七四四一円の申告をしたものとして考慮すべきものである。さすれば、ほ脱金額においても判示の二三六〇万九四二〇円の約四〇%約一〇〇〇万円程度にあたる事案として量刑を考慮することが前記大法廷判決の刑罰は道義的非難であるとする趣旨に合致する事案なのである。

ほ脱額一〇〇〇万円の事案に対し会社に対し罰金八〇〇万円個人に対し懲役八月は酷に失し到底道義的非難の程度に合致するとは言えない。これは検察官が罰金一千万円を求刑したのを二割引いただけで、三四五〇万円の利得の追加申告をしたことを情状として全く考慮に入れていないのである。刑の量定は責任の限度を越えてはならない。これは責任主義の原則である。ほ脱事件は主として計算が量刑の基準とならざるを得ないが、ほ脱額約一千万円の事案に相当する情状の事案に対し、重加算税の外に会社に対しほ脱額の八割の罰金を科し行為者に対し懲役八月を言渡した裁判例を聞かない。甚だ失当である。

以上の理由により刑事訴訟法第四一一条第一号ないし第三号同法第四〇五条第二号により上告した次第である。

以上

右は謄本である。

昭和四九年四月九日

最高裁判所第三小法廷

裁判所書記官 松本わく

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